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職場のハラスメント Part1 ~パワーハラスメント防止・対策のためにできること~

■目次
- パワーハラスメントについて
- パワーハラスメントと指導の違い
- パワーハラスメントの具体例
- ハラスメントの発生要因とは
- パワハラ発生防止のために
- ハラスメントの加害者・被害者にならないために
- パワハラ以外のハラスメントも知っておこう
- 2022年から中小企業にも対策が義務化 ―社内規程の整備と相談窓口の設置から―
- いよいよ中小企業に適用される「パワハラ防止法」
- 「パワハラ防止法」の適用範囲
- 「パワハラ防止法」という法律はない?
- 「パワハラ防止法」の2つのポイント
- 事業主が講ずべき雇用管理上の4つの措置
- すぐにできるのは社内規程の整備と相談窓口の設置
- 社内規程の整備
- 相談窓口の設置
- 措置を講じなかった場合の法的責任
2020年にパワハラ防止法が中小企業にも施行され、ハラスメント対策が義務化となったことで、ハラスメントの予防についての関心や注目度は一気に高まりました。
けれども、ハラスメントの発生件数は、残念なことに右肩上がりです。
「ハラスメントをいかに予防するか」についてシリーズで考えていきたいと思います。
パワーハラスメントについて
「パワハラ防止」は事業主の義務
2020年6月 厚生労働省は「改正労働施策総合推進法」(パワハラ防止法)を施行しました。(中小企業は2022年4月)
この法律により、ハラスメント対策が事業主の義務となり、適切な対策を講じていない企業は、是正指導の対象となります。
パワーハラスメントの定義
厚生労働省は法律を定めたことで、パワハラについても初めて定義を公表しました。
(改正労働施策総合推進法 第30条の2)
職場におけるパワハラとは、以下の3つの要素をすべて満たすものと定義されています。覚えておきましょう。
① 優越的な関係を背景とした言動であって、
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
③ 労働者の就業環境が害されるもの
パワーハラスメント 6つの行為類型
厚労省は、パワハラの行為類型もあわせて公表していますが、これだけに限定しているわけではありません。
①身体的な攻撃(殴る・蹴る など)
②精神的な攻撃(人格否定・脅迫的な発言をする など)
③人間関係からの切り離し(意図的に別室に隔離する・職務を与えない など)
④過大な要求(過剰な長時間勤務や業務量の要求 など)
⑤過小な要求(職務とかけ離れた雑務の要求 など)
⑥個の侵害(プライバシーを侵害する言動 など)
②から⑥までの行為は、継続性と反復性が問われますが、①の身体的攻撃(殴る、蹴る、叩く、物を投げつけるなど)は、一度きりであってもパワハラと判断されることがありますので、感情に任せた衝動的な行為はご法度です。
上記の行為類型の発生頻度は、②の精神的攻撃が圧倒的に多いことが分かっています。次いで④の過大な要求、⑥の個の侵害が続きます。
パワハラに認定される発言
パワーハラスメントは職場環境を悪化させ、被害者の心身に深刻な影響を及ぼします。こちらでは、具体的な発言例を挙げていきます。
「これくらい普通はできるだろう。やる気がないなら辞めたら?」
「お前は本当に使えないな。同じ給料もらう価値がない。」
「家族が大変とか言い訳するな。仕事を優先しろ。」
「なんでこんな簡単なことができないんだ?小学生でもできる。」
「新人なんだから黙って言われたことだけやればいい。」
「これもやれ、あれもやれ。文句を言う暇があるなら働け。」
「休みたい?甘えるな。みんな働いているんだぞ。」
「ミスした罰として、今日は誰よりも遅くまで残れ。」
「この程度で泣くなんて、精神的に弱すぎる。」
「こんな簡単なことで質問するな。自分で調べろ、バカか?」
あなたの周りにそのような発言をする人がいたら、それはパワーハラスメントかもしれません。早めに気づき、適切な対応を心がけましょう。
パワーハラスメントと指導の違い
こちらでは、よくあるシチュエーションを例に挙げ、どのような発言がパワハラに該当し、どのような言葉が建設的な指導となるのかをわかりやすく解説します。
シチュエーション | パワーハラスメント | 指導 |
---|---|---|
部下がミスを したとき |
こんな簡単なこともできないのか! お前には向いていない! |
今回のミスはどこが原因だったと思う? 次回はどう改善すれば良いか一緒に考えよう。 |
部下の業務効率が 悪いとき |
何をやっても遅いな! 君みたいな人間がいると 部署全体に迷惑だ! |
どの作業に時間がかかっている? 進め方や優先順位を見直してみようか。 |
部下が体調不良で 業務が遅れたとき |
体調管理も仕事のうちだろ! 甘えるな! |
体調が悪い中で頑張ってくれてありがとう。 無理せず業務量を調整しよう。 |
部下が意見を 出さなかったとき |
お前に意見なんて求めていないけど、 何か言うことはないのか? |
どう感じたか意見を聞かせてほしい。 気軽に話してもらって構わないよ。 |
部下が会議中に 発言をためらったとき |
お前の考えがないせいで 会議が進まないんだ! 何か言え! |
発言しづらい雰囲気だったかな? 感じたことがあれば遠慮なく共有してほしい。 |
パワーハラスメントの具体例
【事例1】
とある学校の教員が上司から繰り返し侮辱的な言葉を浴びせられ、精神的に追い詰められた事件。最終的に教員はうつ病を発症し、裁判で上司の行為がパワハラと認定。
【事例2】
上司が部下に対して過度な業務を強要し、さらにその業務が達成できなかった際に暴言を吐くなどの行為が行われた。
これにより部下は精神的に追い詰められ、裁判で上司の行為がパワハラと認定。
【事例3】
新入社員に対して、経験や能力を考慮せずに、短期間で膨大な量の仕事を要求し、ミスを厳しく叱責した結果、うつ病を発症。
裁判所は、上司の行為がパワハラにあたり、会社に損害賠償を命じた。
ハラスメントの発生要因とは
発生を誘発する様々な要因
ハラスメントの発生には、大きく分けて社内環境要因と行為者の心理的要因があると言われています。さらに被害者要因(もあるかもしれない)として、予防対策には、様々な観点で見ていくことが求められます。
少し解説してみましょう。
社内環境要因
・過度な成果主義や人員削減など組織の意思が働いて起きる構造的な発生要因
・雇用形態の多様性から生まれる不公平感、異質なものに対する不寛容
・テレワーク導入や世代間ギャップによるコミュニケーションの不足
・不適切な職場環境(騒音、温度、配置、整頓など)
行為者の心理的要因
・過剰なストレス
・固定的な価値観、物事の捉え方のクセ(権力の誇示、白黒はっきり、ステレオタイプなど)
・相手を思いやる想像力の欠如や自己統制力の未熟さ
被害者要因
・ストレス耐性の違いがあるかもしれない
・社会的ルールやマナーの認識不足、学びの場の少なさがあるかもしれない
・責任転嫁体質や依存体質があるかもしれない
もし、自身で被害者要因に気づいたら、「学びのチャンス」と受け止めることが大切です。
もし、部下に被害者要因があると感じたら、「教育不足や指導不足の要因はないだろうか?」「自分がまだ知らない事情があるのでは?」と振り返るチャンス。
ハラスメントの被害者を作らないためには、何を足せばよいのか、何を引けばよいのかを常に考えましょう。

パワハラ発生防止のために
パワーハラスメントは職場での信頼関係を損ない、従業員のパフォーマンスや職場環境に悪影響を与える深刻な問題です。
しかし、適切な取り組みを通じて、未然に防ぐことが可能です。こちらでは、具体的な防止策を紹介し、働きやすい職場を目指すためのヒントを提供します。
全員が安心して働ける環境づくりのために、まず何ができるのか考えてみましょう。
パワハラ発生の防止策
①職場での定期的なコミュニケーション研修を実施する
相手を尊重する言葉遣いや行動を学び、全員の意識を高める。
②ハラスメント相談窓口を設置する
従業員が安心して相談できる体制を整え、問題が発生する前に解決を図る。
③管理職のリーダーシップトレーニングを強化する
部下を公平に扱い、適切に指導するスキルを習得させる。
④明確な行動指針や規則を策定・共有する
何がパワハラに該当するかを明示し、未然に問題行動を防ぐ。
⑤職場環境の定期的なモニタリングを行う
従業員アンケートや面談を通じて職場の雰囲気や問題点を把握する。
パワーハラスメントを防ぐためには、個人の意識向上と組織全体での取り組みが不可欠です。小さな兆候を見逃さず、早期の対策を講じることで、誰もが安心して働ける環境を実現しましょう。また、風通しの良い職場文化を育むことが、問題を未然に防ぐ最良の手段です。ハラスメントのない職場は従業員の満足度を高め、組織全体の成長にもつながります。
ハラスメントの加害者・被害者にならないために
職場でのハラスメントは、加害者にも被害者にもなり得る問題です。本記事では、ハラスメントを防ぐために誰もが実践できる取り組みを紹介します。
ハラスメントの加害者にも被害者にもならないためには、まず相手の立場を尊重することが大切です。言葉や態度がどのように受け取られるかを意識し、自分の行動が他人に不快感やプレッシャーを与えていないか振り返りましょう。
また、ハラスメントの予防にはコミュニケーションが欠かせません。意見の違いやトラブルがあっても冷静に対話し、相手の意見を否定せず受け入れる姿勢が重要です。もし職場で不適切な発言や行動を見かけた場合は、早期に信頼できる人に相談するか、適切な窓口に報告することを心がけてください。
さらに、職場の規則やポリシーを確認し、何が許容されない行為かを明確に理解しておくことも重要です。管理職やリーダーは特に、公平な態度を示し、ハラスメントの兆候を敏感に察知する責任があります。
ハラスメントを防ぐためには、日々の意識と行動が鍵となります。他人を尊重し、良好な関係を築くことで、職場全体が安全で快適な場所になります。全員が自分ごととして取り組みましょう。
パワハラ以外のハラスメントも知っておこう
三大ハラスメントとは?
職場における三大ハラスメントと呼ばれているものは、
「パワーハラスメント」「セクシャルハラスメント」「妊娠出産に関するハラスメント」の3つです。
セクシャルハラスメント
厚生労働省は「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律」を2022年4月に成立させ、セクハラ等の防止対策も強化しています。
セクシャルハラスメント定義
「職場において行われる労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応によりその労働者が労働条件につき不利益を受けたり、性的な言動により就業環境が害されるもの」。
「対価型セクハラ」と「環境型セクハラ」があります。
妊娠・出産に関するハラスメント
厚生労働省は、「男女雇用機会均等法および育児・介護休業法」をベースとして2022年より随時改正を実施し公表しています。
今般の法改正により、相談したこと等を理由とする不利益取り扱いの禁止が加わりました。
妊娠・出産に関するハラスメント定義
「状態への嫌がらせ型」男女雇用機会均等法第9条第3項(抄)
女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、その他の妊娠又は出産に関することに関し、女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いを行う行為
「制度等利用への嫌がらせ型」育児・介護休業法第10条
労働者が育児休業の申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをする行為
スメハラ(スメルハラスメント)
体臭や香水の匂いが周囲に不快感を与える行為です。本人に悪意がなくても、職場や公共の場では問題になることがあります。
アルハラ(アルコールハラスメント)
飲酒を無理に強要したり、飲めない人を軽んじたりする行為です。宴席でのトラブルや健康被害につながる場合があります。
カラハラ(カラオケハラスメント)
カラオケを無理に歌わせたり、歌えない人をからかう行為です。これにより、相手にストレスや苦痛を与えることがあります。
モラハラ(モラルハラスメント)
言葉や態度で相手を精神的に追い詰める行為です。見下したり無視したりすることで、被害者の自尊心を傷つけます。
その他のハラスメント
一般社団法人日本ハラスメント協会は、ハラスメントの種類は30種類以上におよぶと提言しています。
新型コロナ感染症の拡大により、新たに「コロハラ」「ワクハラ」や在宅勤務の普及で「リモハラ」などの新しい名称も増えましたね。
今後、職場で押さえておきたいハラスメントについても、シリーズでお伝えしていきます。
2022年から中小企業にも対策が義務化 ―社内規程の整備と相談窓口の設置から―
全4回シリーズでお届けします!
(1)2022年から中小企業にも対策が義務化 ―社内規程の整備と相談窓口の設置から―
(2)法の対象はどこまでか ―判断の難しい「パワハラの範囲」とは―
(3)事後対応の流れを知る ―被害の相談が寄せられたら―
(4)効果的なパワハラ防止 ―よりよい職場環境に向けて―
いよいよ中小企業に適用される「パワハラ防止法」
こんにちは、弁護士の西園寺直之です。皆さんの職場、パワハラ対策は進んでいますか?
2020年6月1日に「パワハラ防止法」が施行され、職場におけるパワーハラスメント防止対策が企業に義務づけられました。中小企業(中小事業主)には猶予があり、努力義務でよいとされてきましたが、2022年4月1日よりすべての企業で義務化となります。
中小企業 (中小事業主) は、 以下の①または②のいずれかを満たすものをいう
業種 | ① 資本金の額 | ② 常時使用する従業員の数 |
---|---|---|
小売業 | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 (サービス業、医療・福祉等) |
5,000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
その他の業種 (製造業、建設業、運輸業等 上記以外すべて) |
3億円以下 | 300人以下 |
* 参考: 中小企業基本法の中小事業主の定義について (中小企業庁)
https://www.chusho.meti.go.jp/soshiki/teigi.html
参考:中小企業基本法の中小事業主の定義について(中小企業庁)
いままで対策をしてこなかった企業も、全面的な義務化に向けて準備を迫られていることでしょう。手始めに何から取り組めばよいのか、パワハラ防止法のポイントをふまえて解説します。
「パワハラ防止法」の適用範囲
パワハラ防止法は、雇用形態を問わず、事業主が雇用するすべての労働者に適用されます。
つまり、以下の雇用形態の労働者すべてが、パワハラ防止法の保護対象となります。
・正社員
・パート・アルバイト
・契約社員
・派遣社員
・インターンシップ生
なぜすべての雇用形態に適用されるのか?
パワハラは、正規雇用だけでなく、非正規雇用など、あらゆる雇用形態の労働者に発生する可能性があります。そのため、すべての労働者が安心して働ける環境を作るために、法によって保護の対象としているのです。
パワハラ防止法が適用される範囲
パワハラ防止法は、職場内だけでなく、業務に関わる場所であれば、どこでも適用されます。たとえば、出張先や社外での研修などでも、パワハラが発生すれば、法に違反することになります。
「パワハラ防止法」という法律はない?
職場におけるパワハラは、個人の尊厳や人格を傷つける人権侵害であり、生産性や社会的評価の低下により企業経営を阻害するリスクであり、また、働く人のメンタルヘルスに影響を及ぼす重大な健康問題でもあります。
しかし、男女雇用機会均等法および育児・介護休業法により、セクシュアルハラスメントとマタニティハラスメントの防止対策が企業に義務づけられている一方で、これまでパワハラについては制度がありませんでした。
2016年度の厚生労働省の実態調査では、過去3年以内に職場でパワハラを受けたことがあると回答した人が実に32.5%にのぼり、パワハラ対策は行政の喫緊の課題といえました。
そこで今回、新たにパワハラ防止の施策を盛り込んだ立法として、労働施策総合推進法(正式には「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」)が改正された、というのが経緯です。
この改正について報道等が「パワハラ防止法」と呼ぶようになり、改正された労働施策総合推進法を指す通称として定着しました。
最新の2020年度の調査では、過去3年以内に職場でパワハラを経験したと回答した人は31.4%、 セクハラは10.2%、 顧客等からの著しい迷惑行為 (いわゆるカスハラ)は15.0%となっています。
*全国の20~64歳の男女労働者 8,000名を対象とした、 厚生労働省の令和2年度
「職場のハラスメントに関する実態調査」
(東京海上日動リスクコンサルティング(株)令和3年3月発表)より
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000775817.pdf
全国の20〜64歳の男女労働者8,000名を対象とした、厚生労働省の令和2年度「職場のハラスメントに関する実態調査」(東京海上日動リスクコンサルティング(株)・令和3年3月発表)より
「パワハラ防止法」の2つのポイント
法改正のポイントは2つです。
1つ目は、企業に対し、職場のパワハラ防止のための雇用管理上必要な措置を講じる義務を定めたことです。法的義務の具体的な内容は、厚生労働省が公表した指針(通称「パワハラ指針」)に示されています。
2つ目は、パワハラの定義を我が国で初めて法律に定めたことです。
パワハラの定義が明確でないと、パワハラ防止対策の対象がどこまで及ぶのかが確定できません。パワハラの定義・範囲についての理解がとても重要になります。
- 1. 企業(事業主)の方針の明確化と周知・啓発
- ・パワハラの内容、パワハラを行なってはならない旨の方針の明確化と周知
- 2. 相談や苦情に応じ、適切に対応するための体制の整備
- ・相談窓口の設置と労働者への周知
相談窓口担当者が内容や状況に応じて適切に対応 - 3. 職場におけるパワハラへの事後の迅速かつ適切な対応
- ・事実関係の迅速かつ正確な確認
・被害者に対する速やかな配慮のための適正な措置
・行為者(加害者とされる者)に対する適正な措置
・再発防止に向けた措置 - 4. 1から3と併せて講ずべき措置
- ・相談者・行為者等のプライバシー保護
・相談や調査協力等を理由に不利益な取扱いをされない旨の定め など
事業主が講ずべき雇用管理上の4つの措置
では、企業は具体的に何を行えばよいのでしょうか。パワハラ指針では、パワハラ防止のために雇用管理上講じることが必要な措置として、次の4つが示されています。
- 1. 企業(事業主)の方針の明確化と周知・啓発
- ・パワハラの内容、パワハラを行なってはならない旨の方針の明確化と周知
- 2. 相談や苦情に応じ、適切に対応するための体制の整備
- ・相談窓口の設置と労働者への周知
相談窓口担当者が内容や状況に応じて適切に対応 - 3. 職場におけるパワハラへの事後の迅速かつ適切な対応
- ・事実関係の迅速かつ正確な確認
・被害者に対する速やかな配慮のための適正な措置
・行為者(加害者とされる者)に対する適正な措置
・再発防止に向けた措置 - 4. 1から3と併せて講ずべき措置
- ・相談者・行為者等のプライバシー保護
・相談や調査協力等を理由に不利益な取扱いをされない旨の定め など
すぐにできるのは社内規程の整備と相談窓口の設置
さて、これら4つの措置にこれから対応しようとする企業において、すぐに対策が可能なのはどれでしょうか。
3は事例発生後の問題であるため、パワハラへの事後の迅速かつ適切な対応といっても、一朝一夕に実現できるものではないと考えられます。弁護士その他の専門家の支援を得ながらケースごとに真摯に対応し、担当者の熟練や体制・運用の改善を重ねていくほかありません。
一方で、1と2は事前の措置になるため、比較的容易に着手できるはずです。
2020年度の企業調査では、 雇用管理上の措置の実施状況につき、 回答企業の約8割が、「方針の明確化と周知・啓発」 と 「相談窓口の設置と周知」を実施していると回答しています。
事前の取組みとしてこの2つが着手しやすかったのだとうかがえる結果です
*全国の従業員30人以上の企業・団体約6.500ヶ所を対象とした、 前述の厚労省の令和2年度
「職場のハラスメントに関する実態調査」より
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000775817.pdf
全国の従業員30人以上の企業・団体約6,500ヶ所を対象とした、前述の厚労省の令和2年度「職場のハラスメントに関する実態調査」より
社内規程の整備
1の「企業(事業主)の方針の明確化と周知・啓発」では、
・パワハラを行なってはならない旨の方針を就業規則などの社内規程に盛り込み、社内全体に周知・啓発すること
・方針を社内報やパンフレット、社内ホームページに掲載して広報すること
・パワハラの内容や発生原因などについて研修を実施すること
・パワハラ行為者に厳正な対処をするために、あらかじめ懲戒規定を定めておくこと
などを要します。
社内規程にこうした規定があるかどうかは、労働局・労基署から真っ先に調査される事項と考えられます。社内規程の整備は早めに対応することが望まれます。
この点、パワハラ指針を解説している厚生労働省のパンフレットには、
・就業規則に委任規定を設けた上で、詳細を別規定に定める例
・どのような言動がどのような処分に相当するかを記載した懲戒規定の例
など、すぐに活用できる規定例が複数示されていますので、大変参考になります(2020年2月に公表したパンフレット(「職場におけるパワーハラスメント対策が事業主の義務になりました!」)。
対応に不安があるようなら、弁護士や社労士などの専門家の支援を仰ぎやすい項目ですので、規定例を挙げながら相談してみるとよいでしょう。

相談窓口の設置
次に2の「相談や苦情に応じ、適切に対応するための体制の整備」では、まず相談窓口を設置することが必要となります。これもまた労働局・労基署の調査対象になりやすい項目だと考えられます。
パワハラ指針では、相談窓口の設置と認められる例として、
・相談に対応する担当者をあらかじめ定めること
・相談に対応するための制度を設けること
・外部の機関に相談への対応を委託すること
の3種を挙げていますので、いずれかの方法で早めに対応するとよいと考えられます。
相談窓口の設置には、多くの場合、人事労務や総務などの部署が担当することになるでしょうが、相談対応にはかなりのノウハウを要します。
相談者への傾聴や、相談内容に応じた臨機応変な対応などの多様な技術が求められ、また、二次被害(相談者が相談窓口の担当者の言動によってされに被害を受けること)を防止する必要があるなど、配慮を要する点がたくさんあります。何より、労働者にとって安心して相談できるような窓口にすることが重要になります。
規模の小さな企業であればあるほど、相談対応に割ける人的・物的リソースが限られますので、相談対応の経験が豊富なEAPなど外部機関への委託を検討してみてもよいでしょう。かえってコストの削減につながる可能性があります。
措置を講じなかった場合の法的責任
以上のような考えから、「パワハラ防止法」対応の取組みとして、社内規程の整備と相談窓口の設置にはすぐにでも着手すべきでしょう。
仮にこれらの措置を講じなかったとしても、義務違反の点につき罰則が課せられることはありません。「パワハラ防止法」では、行政指導・勧告の対象となるか、悪質な場合に企業名を公表できるとされているだけです。
しかし、法的責任を広く捉えると、パワハラの放置により労働者が精神障害に罹患した場合に職場環境配慮義務を怠ったとされるなど、企業は民事上の損害賠償責任を負うおそれがあります。近年の裁判例では、法人としてのみならず、取締役個人の責任も問われるようになってきました。
こういった法的責任・リスクをふまえれば、表面上の「パワハラ防止法」の遵守では不足があります。ひととおりの体制を構築したあとは、起こってしまった事例への対応や再発防止を充実させて、積極的なパワハラ防止対策を進めていきたいところです。
筆者:弁護士 西園寺直之
作成:2021/8