研修
部下育成に心理学を応用する Part13 ~ローカス・オブ・コントロール~
ミスや失敗に遭遇したとき、自分事として捉えず、周囲や環境のせいにしてしまう。そんな傾向を持つ部下に苦労をしたことはありませんか?
失敗を糧に変え、次に繋いでいくことができるレジリエンスの高い人材を育成するには、どうアプローチしたらよいのでしょうか。今回は、他責の心理について考えます。
何かに失敗したとき、「環境が原因?」「自分自身が原因?」
人には「無意識の思い込み」が存在します。まずは、他責になる「バイアス」から考えてみましょう。
行為者観察者バイアス
行為者観察者バイアスとは、自分の行動の原因は外側にあり、他人が失敗した時には内面にあると考える傾向のことを指します。
例えば、職場でゴミ箱に躓いたとしましょう。
自分が行為者のときには、「なんでこんな所にゴミ箱が置きっぱなしになっているのだ!片付けなかった人が悪い」と外的要因があると考え、自分が観察者で他者が躓いたときには「ちゃんと前を向いていたらゴミ箱があるのに気付いたでしょう。まったく注意力が足りないんだから」とその人の能力不足や不注意なとの内的要因に帰属させる。こうした傾向は多くの人にあるといわれています。
人は自分の努力に対しては、過大評価をしてしまう傾向がある一方で、自分の失敗に関しては、「○○さんの指示が悪かった」「たまたまタイミングが悪かった」など外的要因に当てはめ、自分を守ろうとするバイアスが働くことがあります。
部下にこうした行為者観察者バイアスがあれば、失敗した際、原因は自分ではなく外的要因にあるのだから仕方がないと考え、失敗から学ぶことは減ってしまうでしょう。
自己奉仕バイアス
上司にあると部下の成長が妨げられる困ったバイアスに「自己奉仕バイアス」があります。このバイアスは、プラスの要因を自分に帰属させてしまう自己中心性の高いバイアスです。
例えば、部下が頑張って成約したとしましょう。
「俺の助言が効いたな」「私の教え方が良かったから」など手柄を横取りするような発言をする。これでは部下の信頼を得られません。
このバイアスを持つ人は、ネガティブな結果に遭遇した際は、原因を他者に帰属させる傾向があります。従って、部下が何かミスをした時に「やっぱりなぁ、あれじゃあうまくいかないと思ったよ」「君の頑張りが足りなかったね」と部下の内面に原因があるかのような発言となり、一気に部下の士気を下げる結果になります。
行為者観察者バイアスや自己奉仕バイアスなどに起きる「他責」の心理を、別の側面からもう少し掘り下げて考えてみましょう。
心理学の中に「統制の所在」という概念があります。
行動を統制する意識の所在がどこにあるか、を表した概念です。
人生に起きる出来ごとの結果をどう感じますか?
あなたは、自分の人生に起きたことの結果を自分がコントロールできると感じるか、それとも自分の力が及ばない外的な力に影響されていると考えるか、ご自身が考えるコントロールの度合いはどうでしょうか?
ローカス・オブ・コントロール(Locus of control)
ローカス・オブ・コントロール(Locus of control)とは、アメリカの心理学者ジュリアン・B・ロッター(Julian B. Rotter)が1954年に提唱した概念で、「自分が感じるコントロールの所在」を意味します。
行動を統制する意識が内側(自己)にあるか外側(他者)にあるか分類する考え方で、頭文字を取り「LOC」とも呼ばれています。
内と外のどちらに行動の評価や原因を求めるかを分類し、自己解決型の「内的統制型」他者依存型の「外的統制型」に分かれます。
「内的統制型」「外的統制型」
実際には、「人生の全てをコントロールできる」と考えたり、「自分の人生の何ごとも一切コントロールができない」と極端に偏って考える人はいないと思います。
ある部分はコントロールができ、ここから先は自分のコントロールが及ばないと感じるなど、折衷で考える人が多いのではと思います。
それですので、どちらか一方が素晴らしく、どちらかが極端に悪いという決めつけには気をつけなくてはいけません。自己のコントロールと責任のバランスを上手に取ることが大切です。
とは言え、心理学研究によれば、責任転嫁をしがちで内省が薄く、自分の人生を境遇や不運のせいにしがちな「外的統制型」に比べ、達成志向で成長しやすく、自律性、主体性が高い「内的統制型」の人の方が健康で幸せになり、経済的にも良い生活を送ることができる傾向が高いという研究結果もあります。
それぞれの特徴を理解する
内的なコントロールを信じる「内的統制型」「自己解決型」
メリット:
問題が発生した時に、失敗の原因を分析し、自分の中にもあるのでは?と反省することができるため、改善行動がとりやすい。
良い結果の際、自分自身の努力や能力を正当に評価することができ、自己効力感が維持できる。
失敗を次の機会につなげることが可能。
行動量が多く、成果に結びつくチャンスが増える。
自分と他者との境界線があり、他者と自分を比較することはない。
他者の成功や良いところを認めることができる。
デメリット:
責任の所在を常に自分に向けることで心理的負担は増える。
内省が進み過ぎると自己効力感が低下し、自信が低下する。
外的なコントロールを信じる「外的統制型」「他者依存型」
メリット:
失敗は外的要因のせいと認識するため、心理的負担は少ない。
変わらなくてはならないのは自分以外なので行動量は少ない。
失敗に対する理由付け、「○○のせい」「○○だったから上手くいかない」などのスキルは上がる。
デメリット:
問題が発生した時に、自分事とせず外に原因を求めるため、改善行動に至らない。
改善行動に至らないため、行動量は少なく、また問題解決には至らない。
結果は外に帰属するため、周囲からの刺激や影響を受けやすい。
他人の言動や行動を意識する。
内省がないため、同じミスを繰り返す傾向がある。
ここまで読まれて、内的統制型の特性を持つ人が目標達成ができ、人生において成功しやすいというイメージができたかと思います。
外的統制型の特性を持つ人は、行動する理由付けを他者に求めるため、次の一歩が踏み出せない傾向があります。心理学的にも外的統制型より内的統制型の方が健康的で幸福感があることが知られています。
内的統制力を高めるために最も大切なものは「自己効力感(Selif-efficacy )」
自己効力感(セルフ・エフィカシー)とは、「ある状況において必要な行動を効果的に遂行できるかの認知」と定義されます。この概念は、カナダ人心理学者アルバート・バンデューラ教授によって提唱されました。
内的統制力を高めるには、この自己効力感が大きく関係しており、この自己効力感を高めることが大切と言われています。
自己効力感(セルフ・エフィカシー)を高めるには?
アルバート・バンデューラ教授は、自己効力感は4つに分類されるとしています。
①遂行行動の達成
②代理体験
③言語的説得
④生理的・情動的喚起
上記をもとに自己効力感を高めるポイントをいくつか解説します。
①自分はできると信じる
自分の長所やこれまでの成功体験を肯定的に捉え、失敗に囚われるのではなく、客観的視点をもち、学びや成長があることを信じます。
一足飛びに高い目標を想定するのではなく、小さな達成を繰り返し成功体験を積むことは自己効力感を高めます。うまくいったときの自分をイメージすることも大切です。
②自分には伸びしろがあるといい聞かす
どの様な状況でもプラスに変える可能性は存在します。
「だめだ」と制限をつけるのは自分自身の思考であることを理解し、自分の無限の可能性を信じます。ポジティブな言語的説得は大切と言われており、励まされたり、自分でできると言い聞かせることで自己肯定感はアップするでしょう。
「今日一日頑張った自分に感謝」「おつかれさま、よく頑張ったね」
③失敗はチャンスであると受け止める
同じことを繰り返していたり、困難を避けてばかりでは成長はありません。チャレンジには失敗は付きもの、失敗を過度に恐れず、次への成功のステップとしてとらえます。
「大丈夫、つぎはもっとうまくできる」「失敗は付きもの、要因を分析して次につなげよう」
④他者から学ぶ
他人の経験を疑似体験することも時には有効な手段です。先輩の努力している姿に鼓舞されたり、上手くいった経験を見聞きすることでプラスのイメージを持てることもあります。
⑤セルフケアを大切にする
体調が悪かったり、脳疲労を起こしていると、自信が無くなったり意欲が低下することがあります。自己効力感を維持するためには、体調管理が大切です。
疲れを溜めないよう、睡眠、食事、運動、余暇などをバランスよく取り入れ、規則正しい生活を心がけましょう。
持って生まれた性格を変えるのはなかなか難しいかもしれませんが、多くの心理学者は、行動や考え方を変えることは可能だと伝えています。
実際に、相談室でもカウンセラーと話すことで内省が深まったり、「あ!別の見方もありますね」などご自身で視野を広げたりする人に多く出会ってきました。
人には「よりよくなりたい」という欲求があります。
上司は、ご自身のバイアスも振り返りながら、部下の成長を信じサポートをしていただければと思います。
参考:
自己効力感の概念分析 江本リナ
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans1981/20/2/20_39/_pdf
一般性セルフ・エフィカシー尺度作成の試み(1986)板野雄二・東條光彦
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjbt/12/1/12_KJ00008937421/_pdf/-char/ja
「激動社会の中の自己効力」 アルバート・バンデューラ編 1997年
本明 寛(訳) 金子書房
筆者:パソナセーフティネット産業カウンセラー、公認心理師