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語彙力アップでストレス軽減:感情のラベリングの力
メンタルヘルスを支えるセルフケアの方法は様々です。規則正しい生活リズムで身体を整えるセルフケア、マインドフルネスなどリラクセーションによるセルフケア、そして言葉を使ったセルフケアもあります。
今回はその言葉を使ったセルフケア、「感情のラベリング」について解説して参ります。
感情のラベリングとは
感情に名前を付ける
悲しみや怒りなどの負の感情を手放す方法に「感情のラベリング」があります。感情のラベリングは自分の中のネガティブな感情を外に出すこと、すなわちアウトプットすることでストレスが軽減されるというものです。
負の感情を言語化し言葉で表現することで恐怖を司る脳の扁桃体の活性を抑えることができると、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の心理学者チームが行った心理学実験で明らかにしました。
自分の負の感情を語ることでストレスの緩和や耐性を高めたりする効果があるといいます。
信州大学の『信州心理臨床紀要』によれば、自分でラベリングの言葉を探さなくても、あらかじめ用意された言葉の中から選択するだけでストレスの軽減効果があるという実験結果も示されています。
感情表現は、慣れていないと難しかったり、そもそも表現する言葉が分からない、見つからないということもありますから、選択肢が準備されているのは負担なくできる方法でしょう。
例えば、怒りを感じたときに「はらわたが煮えくり返る」「頭にきた」「ムカムカする」「震えるほど悔しい」など感情表現のいくつかの語彙を準備してその中からフィットする言葉を選び、「あ、自分はこんな風に感じていたんだ!」と感情に気が付くことでストレスの軽減に繋がります。
感情を認識する
感情のラベリングは、自身の感情を言葉で表現する方法です。
感情を適切な言葉で表現することができると、自分自身への理解が深まり、また自分の内面や経験を他者と共有することが可能になります。
そのためには、まずは自分の感情を認識することがスタートになります。
感情は日々の生活の中で動いています。今の感情は、快なのか、不快なのか。
不快な状況に晒されたとき、それはどのような気分なのか、今の不快さは別のシーンで感じたものと比べ大きいのか、小さいのか、怒りなのか、寂しさなのか、不快の程度や感情の中にある自分の心持ちに焦点を当て認識することができたなら、緊張や攻撃を司る扁桃体の活性を静めることができます。
感情を表現する
自分の感情を認識したら、次は感情を語彙に当てはめます。
いつもと違う今の感情は、どの語彙を使うとフィットするでしょうか。
感情には様々な表現をする言葉があります。
例を挙げてみましょう。
怒りでは、「はらわたが煮えくり返る」「逆上した」これはだいぶマックスの怒りですね。
「頭にきた」「腹が立つ」「むかつく」「イラつく」「悔しい」「憤怒した」「うっぷんが溜まる」「キレた」「頭に血が上った」「カチンときた」「しゃくにさわる」「不愉快きわまりない」「嫌だ」「同意しかねる」
まだまだありそうです。
どれも怒りの感情を表現していますが、それぞれに程度の弱い強いは感じられたのではないでしょうか。
言葉の数が減少?
相談室から
相談室でご相談をお受けしていると、ジェネレーションギャップに直面することがあります。
驚いたとき、嬉しいとき、腹が立ったとき、「チョーやば」。体調がすぐれないとき、やる気が起きないとき、こちらの問いかけに答えられないとき「だりぃ」などの一言で表現するなど、果たしてその感情表現は、悔しいのか、腹立たしいのか、面倒くさいのか、相談者の状況や気持ちの理解を深めるために、カウンセラーはさらに相談者に寄り添い、対話を続けています。
男性は自分の感情をアウトプットしたり、表現することが苦手な人が多いことは以前から知られていましたが、筆者の印象では、以前よりさらに自分の感情を表現する語彙を持たない人が男女問わずに増えてきているように思います。
新型コロナ感染症の拡大により、対面の対話の機会が大幅に減ってしまったり、SNSやLINEの普及で直接会話せずに「ww」などの絵文字で感情を表現する機会が増えたことも語彙力の低下に拍車がかかったように思います。
これからの時代に求められる国語力の構造
文部科学省HP「国語力を構成する能力」では、これからの時代に求められる国語力は4つの力「考える力」「感じる力」「想像する力」「表す力」で構成されており、この4つの力が具体的な言語活動として発現したものが、「聞く」「話す」「読む」「書く」という行為である、と解説しています。
社会の変化は同時並行的に様々な方面で進行していますが、多様化する社会の中で国語力は切り離せない課題になっており、文部科学省は、若い世代の国語力の低下に対して警鐘を鳴らしています。
語彙力を増やすには
自分の心が「快」を感じたとき、喜びなのか、嬉しさなのか、ワクワクなのか、じわじわなのか。「不快」を感じたとき、怒りなのか、寂しさなのか、嫉妬なのか、悲しさなのかを認識し、その感情をより具体的な語彙で表現する、そのためには自身の語彙を増やすことが求められます。
語彙力の底上げにお勧めなのは、様々なジャンルの読書や映画などからのインプットですが、筆者の未熟な語彙を増やすのに役に立ったのは「感情表現事典」(現在は「感情表現新辞典」も発売)東京堂出版、「擬音語・擬態語辞典」講談社学術文庫でした。
また、様々な年代、異業種の方々と直接会話する機会を増やすことも語彙力向上には大切です。対人関係でどのような感情が想起されるのか、こころに湧いてくるご自身の感情を是非大切になさっていただければと思います。
語彙力を増やすメリット
国語力を鍛え、語彙力が増えることは、自分の感情をアウトプットするのに役立つばかりではなく、周囲の人の感情に気づくヒントにもなります。
相手の話を聴き、心情を感じとり、想像し、適切な言葉でフィードバックする。
「あなたは居た堪れない思いをされたのですね」
「それは身を切られるような痛みだったでしょう」など、会話からくみ取った話し手の気持ちを表現することを助け、会話に深みが加わります。
「チョーやば!」と言われたときに、別の感情言葉に置き換えることで、相手の心情にさらに触れることができるかもしれません。
「感情をラベリングする」ことは、漠然とした不安や衝動的な怒りが別の角度で認識することができたり、言語化、見える化を可能にしてくれます。
ラベリングの実践は、レジリエンス力の向上にも役立ちます。
レジリエンスの高い人は左前頭前野の活動が活発なことは証明されていますが、感情のラベリングをすると左前頭前野が活性化され、扁桃体が落ち着くことも分かっています。
レジリエンス力を高める第一歩、感情のラベリングをぜひ実践してみましょう。
参考:
・文部科学省 第2これからの時代に求められる国語力
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/04020301/003.htm
・シックスセカンズジャパン:回復力を高める 3つの重要な神経科学の事実と感情知能からの戦略
https://www.6seconds.org/2021/07/28/increase-resilience-neuroscience/
・信州大学機関リポジトリ
感情のラベリングの方法の違いが感情変化認知的負荷に及ぼす影響の検討
筆者:セーフティネット産業カウンセラー、公認心理師