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ディーセントワーク(Decent Work)について考える
「ディーセントワーク」は「働きがいのある人間らしい仕事」の概念です。
「働きがいのある人間らしい仕事とは?」と聞かれたら、あなたは「働きがい」をどのようにイメージし、また「人間らしい仕事」には、どのような条件を挙げますか?
SDGsの開発目標8は「ディーセントワークと経済成長」
国際労働機関が開催した1999年の総会において、事務局長であるフアン・ソマビア氏が初めて「ディーセントワーク(働き甲斐のある人間らしい仕事)」をスローガンに挙げました。Decent(英)は、「適正な」「きちんとした」「良識にかなった」などと訳せます。
このディーセントワークの概念は、国連総会で採択された「2030アジェンダ」の開発目標8として位置づけられています。
SDGsの開発目標8とは
社会的保護の提供、強制労働と児童労働の撤廃、生産性の向上、若年雇用問題への取り組み、中小企業と技術開発等に関する項目別ターゲットによって補強される開発目標8は、世界中の人々や各国政府の社会経済的ニーズに対する不可欠な目標です。
開発目標8は、「包摂的かつ持続可能な経済成長及び生産的な完全雇用とディーセントワークをすべての人に推進する」ことをめざしており、持続可能な開発の達成に向けたディーセントワークの重要性を示しています。
(ILO国際労働機関HPより)
日本の「働き方改革」とディーセントワーク
ディーセントワークの概念は世界共通ですが、それぞれの国の事情や背景により条件や取り組み方や課題はそれぞれです。
日本におけるディーセントワークは、2019年4月に施行された働き方改革関連法によって大きく推進されるようになりました。
働き方改革とは?
「働き方改革」の取り組みは、「一億総活躍社会」の実現です。具体的には、長時間労働の解消、非正規と正社員の格差の是正、労働人口不足の解消、多様な働き方の実現などが挙げられます。この取り組みにより、テレワークの導入など労働環境の改善や副業の奨励、長時間労働の解消などが進みました。
日本のディーセントワークについては、厚生労働省が4つの条件を掲げています。
(平成24年3月 ディーセントワークと企業経営に関する調査研究事業報告書)
厚労省が示すディーセントワークの条件は4つ
- 働く機会があり、持続可能な生計に足る収入が得られること
- 労働三権などの働く上での権利が確保され、職場で発言が行いやすく、それが認められること
- 家庭生活と職業生活が両立でき、安全な職場環境や雇用保険、医療・年金制度などのセーフティネットが確保され、自己の鍛錬もできること
- 公正な扱い、男女平等な扱いを受けること
(平成24年3月厚生労働省 ディーセントワークと企業経営に関する調査研究事業報告書 2頁)
各項目をもう少し詳しく解説します
1.働く機会があり、持続可能な生計に足る収入が得られること
人生を豊かに生きるためには、安定した仕事に従事し、生きるために必要な収入を得ることが大切です。さらに、その仕事がその人の尊厳を脅かしたり、過酷な条件を科せられることがあってはなりません。
すべての人が職を失う不安を抱くことなく、生きるために必要な糧を過不足なく得られることが人の尊厳を守ります。
2.労働三権などの働く上での権利が確保され、職場で発言が行いやすく、それが認められること
労働三権は、労働者の権利を守るため、憲法28条で定められたものです。
雇う側、雇われる側は常に対等な立場であり、自身を守るための発言が自由に行えることは労働者の権利を守るために大事なことです。
3.家庭生活と職業生活が両立でき、安全な職場環境や雇用保険、医療・年金制度などのセーフティネットが確保され、自己の鍛錬もできること
家庭を犠牲にしたり、プライベートの確保ができない働き方は、個人の生活を損ないます。仕事と生活の調和を目指すワークライフバランスは、働き続けるうえでメンタルヘルスにも重要な要素です。
また生活の安定を支える医療・年金制度、雇用保険への加入などが求められます。
職業生活において遣り甲斐やキャリアを支えるための教育プログラム、キャリアパス制度、資格取得なども継続して働くための動機づけになります。
4.公正な扱い、男女平等な扱いを受けること
正規社員、非正規社員の待遇の格差は改善が求められます。働き方改革では、「同一労働同一賃金」を目指し、改革の目玉としています。
性別による区別、障がいの有無、雇用形態に関わらず、公正に活躍できる職場づくりをすることで、初めて平等な社会と言えるでしょう。
男女平等については、日本は後進国と言わざるを得ません。収入において男女の格差は男性を100%とした場合、女性は70%です。
政府は2003年以降、女性管理職比率を少なくとも30%にするという目標を掲げ、「女性活躍」を後押ししてきましたが、2021年度雇用均等基本調査によると、女性の管理職割合は、12.7%であり目標には達していません。
ディーセントワークと企業の取り組み
ディーセントワークを取り入れると、企業にとってどのようなメリットがあるのでしょうか?
ディーセントワークの効果について
ディーセントワークは、ワークエンゲージメントを高めると言われています。
日本総研の調査によると、2023年の日本の出生率は、1.20前後で72.6万人となり、昨年より4万人以上少ない結果になりました。
少子高齢化は進み、労働力の減少は企業にとって深刻な経営問題です。
優秀な人材を確保し定着を目指すには、企業の魅力を高め、労働者の企業に対する愛着、信頼を高めることが必須です。
仕事に対する活力があり、仕事に対しポジティブな感情を抱き、熱意を持っていきいきと働いている状態を指す言葉に「ワークエンゲージメント」があります。
ワークエンゲージメントの高い社員を育てる条件は、公平な成長の機会、労働に見合った報酬、風通しが良く心理的安全性が高い職場、ワークライフバランスが保たれる環境があることです。
ディーセントワークの推進はこれらの条件を後押しし、働く人の満足度を高めるため、離職を予防し、定着率の向上に繋がります。
企業のディーセントワーク達成度を測る
上記で解説したディーセントワークの4つの条件は、7つの軸から構成されています。企業がディーセントワークの達成度を測るためには、この7つの項目に基づき評価していきます。
7つの軸で評価する
①WLB(ワークライフバランス)軸:
「ワーク」と「ライフ」のバランスを保ちながら、いくつになっても働き続けることができ
る職場かどうかを評価する軸です。
高齢者の再雇用制度が進み、年齢に関わらず働き続けることができる環境づくりも問われ
ます。
②公正・平等軸:
性別や雇用形態を問わず、すべての労働者が「公正」「平等」に活躍できる職場かどうかを
評価する軸です。
性別や雇用形態にかかわらず、個々の能力を公正に判断する仕組みづくりを整えることも
重要です。2020年に施行された「同一労働同一賃金」関連法を遵守し、人事評価制度を整
えているかがポイントです。
③自己鍛錬軸:
能力開発の機会が確保され、自己の鍛錬ができる職場かどうかを評価する軸です。
個々のスキルや希望を把握し、一人ひとりの特質を踏まえたキャリアの構築を後押しします。教育訓練体制を充実させ、社内、社外での研修などの実施ができるよう取り組みます。
会社で推奨する教育訓練を受講する際には、受講料や時間的な配慮(例えば、就業時間内での受講や代休の配慮)も視野に入れ制度を作ります。
④収入軸:
持続可能な生計に足る収入を得ることができる職場かどうかを評価する軸です。
物価上昇に伴い、国は最低賃金の引上げや企業の賃金引き上げに積極的です。安定した収入や給与の引き上げは外発的動機づけを高めます。
⑤労働者の権利軸:
労働三権などの働く上での権利が確保され、発言が行いやすく、それが認められる職場かど
うかを評価する軸です。
労働組合がない場合であっても、社員の率直な声を吸い取り、意見を聴く機会を設け、話し
合う工夫を行います。
労使間のコミュニケーションは、企業成長、生産性向上に欠かせない要素であり、対話を重
視し円滑に行っている企業は生産性が高く、離職者が少ないことは分かっています。
⑥安全衛生軸:
安全な環境が確保されている職場かどうかを評価する軸です。
安全で安心な職場は物理的な環境だけではありません。過重労働やハラスメント等、仕事による強いストレスが原因で発病した労災請求件数は、業務上疾病と認定されます。
厚生労働省 令和4年度の「過労死労災補償状況」調査によると、過労死等に関する支給決定数は904件であり、請求件数は3486件でした。
精神障害に関する労災補償状況では、請求件数が前年度比377件の増加となり、2683件にのぼります。
支給件数の中には、「上司等からの身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」が147件あり、認定件数の原因のトップはパワハラです。
(参考:厚生労働省 令和4年度「過労死等の労災補償状況」を公表します)
企業は長時間労働の是正はもちろんのこと、職場の人間関係を良好に保つための教育や指導、相談窓口の設置などの配慮が求められます。
新型コロナ感染症の予防対策であった三密防止は、テレワークの普及を後押ししましたが、適正で豊かなコミュニケーションを損なう結果となりました。
低下したコミュニケーションをいかに補足し、良好な人間関係を構築していくかが、今後の課題となるでしょう。
⑦セーフティネット軸:
最低限(以上)の公的な雇用保険、医療・年金制度などに確実に加入している職場かどう
かを評価する軸、社会保障に関する軸です。
労働不足の解消のため、前期高齢者も働き続ける仕組みづくりが進みました。年金支給を1
年毎に増額する年金改正(2022年4月)もその一つです。
また女性活躍を推進する為の「106万円の壁」「130万円の壁」に対する改正も今後進ん
でいくでしょう。
(参考:政府広報オンライン「年金の壁」対策がスタート!パートやアルバイトはどうなる?)
これまでは多くの企業で禁止とされていた副業も多様な働き方を重視する社会となり、2か
所以上に勤務する者に対する労災や雇用保険などの適用も見直されています。
「これまで」と「これから」
ディーセントワークが進み、これまで「常識」であったものから「新たな常識」に世の中が変化しつつあります。
外国人、女性、高齢者等の雇用が進み、労働者の多様化は今後益々推進されていきます。
多様性を認め、公正に受け入れていく職場環境づくりが当たり前となります。企業も変化していかねば労働不足時代に対応することは難しくなるでしょう。
一人ひとりの尊厳が守られ、個人にあった働き方ができる、公正で格差の無い待遇、安全で衛生的な職場、学びたいときに学べる自己啓発の機会、プライベートと仕事のバランスが取れた生活、いきいきと働ける人間らしい仕事がディーセントワークです。
7つの軸の充実を短期間ですべて構築するのは難しいでしょう。
それぞれの企業の業種、風土、文化などを考慮し、できるところから少しずつ実現していただければと思います。
参考:厚生労働省「働き方改革を推進する為の関係法律の整備に関する法律」について
国際労働機関「公正なグローバル化のための社会正義に関するILO宣言」
筆者:セーフティネット産業カウンセラー、公認心理師