こころとからだの健康
新入社員向け メンタルヘルスケア対策をマネジメントする
「新入社員」と聞いたとき、多くの人が新卒者や若い人を想像するでしょう。
けれども新入社員の中には、新しく正規社員に登用された人、キャリア採用で入社した人も含まれます。
今回のコラムでは、新たに職場に加わった人に向けたメンタルヘルスケアをどのように支援し、オンボーディング※を機能させるか、その方法を考えていきたいと思います。
※オンボーディングとは、船や航空機に乗り込む「on board」が語源です。新しい人が新たな環境に早く慣れるよう支援する意味で、人事用語として使用されるようになりました。
オンボーディングの取り組みは、新たに採用した人すべての人が対象になります。
入社してから取り組む様々な施策、OJTやメンターメンティ制度などのサポート体制、研修などが含まれ、配属後も含めた継続的な人材育成であることが特徴です。
新入社員の不安とは?
環境の変化に対する順応
オンボーディングがうまくいけば、新入社員が組織の中で持ち味を活かして力を発揮しやすい環境がうまれ、パフォーマンスが向上します。
そのためには、新入社員が何に不安や悩みを感じ、どのようなことに躓きやすいかを早期に理解することが大切です。
新入社員は年齢に関係なく、共通の課題を抱えています。それは組織への「適応」です。
新卒者であれば学生から社会人へのマインドセット、キャリア採用であれば変化した労働文化への適応が求められます。
これまでの環境で作り上げてきた社会的ネットワーク資源を喪失し、新たな人間関係や組織内のネットワークを再構築するには多くのエネルギーを使いますし、不安を感じる人やプレッシャーからストレスを溜め込む人もいます。
長く組織にいる人が「当たり前」と思っている企業文化や風土に直面した新入社員は、戸惑う場面があったり、会社の雰囲気に中々馴染めないこともあるでしょう。
組織内にいると自身の固定した価値観に案外気が付かないものです。自分の中にある常識や組織の慣例や価値観を押し付けるのではなく、それぞれの価値観(考え方)を大切にする「個の尊重」を意識し対応しましょう。
居住地域が変化した人は、組織(職場)への順応に加え、地域環境への適応も求められます。
病院や役所関係の場所の把握、買い物の利便性、衣食住を管理すること等、家族が居たらなおさら容易ではありません。
適応を促進するためには、リソースを提供すること、縦横斜めの関係性づくりの促進を助ける必要があります。
「困っていることはないか?」ではなく、困ったことになる前に率先して声をかけ、新人と話す機会を増やす能動的な関わりが大切です。
孤立化を防ぎ、闊達なコミュニケーションで適応を支えます。
世代特有の課題を理解する
Z世代(1990年半ば~2010年序盤生まれ)は、広範囲にわたる社会的変化に晒されてきました。
Z世代の最大の特徴は、デジタルの進化が加速したこと。
物心がつく頃にはモバイル端末による交流が当たり前となり、情報取得が可能になったことで、タイムパフォーマンス重視の効率主義、強い仲間意識、多様性の拡大があります。
さらに、気候変動、生活コストの高騰、ウクライナ・イスラエル問題等社会問題への意識の高まりなど、これまで前例のなかった多くの課題に直面しました。
新型コロナ感染症の拡大は、学生生活における大切なコミュニケーションの機会を喪失させ、社会的な関係性を構築することを阻害しました。
若い世代はメンタルヘルスに対する意識やリテラシーは高いものの、機会不足、体験不足から助けを求める「援助希求力」が醸成されていない様子も垣間見られます。
弊社が契約企業様からのご依頼で実施している新入社員への面接実施後の感想では「若手社員は自分からはあまり話さない」という組織のこれまでの印象に反し、多くの若手社員が与えられた時間ギリギリまで使い、キャリアやメンタルヘルスについて多くを語り、担当者を驚かせる結果となりました。
新入社員へのメンタルヘルス対策
一貫した継続サポートが必要
人は社会生活の中で、様々な困難に直面します。
新入社員の努力やチームの仲間、上司のサポートなどで組織社会化が進み、適応したかに思えるときにも、継続してメンタルヘルスを効果的にサポートすることが肝要です。
チームや業務に慣れ、周囲の景色が見えるようになると、視野が広がりこれまでの知識や技術の習得から一段階上の意識が生まれます。キャリアやネットワークが広がり、自分への期待、周囲や組織への期待が膨らむでしょう。
そうした時期に大切なのは、意識の変化を理解し、動機づけを行う援助です。
仕事に関する考えやニーズを聞かせてもらう機会を作り、チームの一員として協働ができるよう共に学びます。
リバースメンタリング
サポートの一例として、リバースメンタリングがあります。
リバースメンタリングを初めて組織に導入したのは、20世紀の最高の経営者と言われる米ゼネラル・エレクトリック(GE)の元CEOジャック・ウェルチ氏でした。
ウェルチ氏は、新しいテクノロジーに詳しい若手社員から自ら指導を受けノウハウを学びました。社内で管理職が若手社員から学ぶ制度を構築したことが始まりです。
Z世代の持つグローバルな感覚、デジタルリテラシーの活用、柔軟な思考や多様性に対する個の尊重などはその特徴であり、一方で上司の世代には、これまで培ってきた豊富な経験に裏打ちされた交渉力、社内外の人脈、業務に必要なスキル、責任感、レジリエンス力などがあるでしょう。
部下が上司のメンターになり、相互の理解と成長を促すリバースメンタリングは、互いの価値観の違いを知り、コミュニケーションの機会を促進する良いきっかけになるでしょう。
また、自尊心を支え、所属欲求、承認欲求を満たすことはモチベーションにつながり離職抑制にも役立ちます。
マネジメントの一環として導入している企業の多い「1on1ミーティング」は継続したサポートに効果が期待できますし、心理的安全性の高いチーム作りで気の置けない対話の機会を増やすことも信頼関係の醸成に効果があると言われています。
メンタルヘルスに関する情報発信と教育の機会の提供
体験の少ないZ世代においては、丁寧で具体的な情報発信が大切です。
メンタルヘルスに関する情報提供を継続的、かつ積極的に行いましょう。
ハンドブックの作成、相談窓口の利用方法、具体的な相談事例の一覧などの提示、福利厚生に関する詳細な説明は必須です。
一度ではなく、年間を通じて情報発信を行います。
メンタルヘルスの不調者はアフターコロナにおいて増加傾向にあります。
管理職や人事からセルフケアに関する学びの機会(研修、eラーニング)や資料を提供することでスキルを身に付け、メンタルヘルス不調を予防することができます。
労働者の義務である「自己保健義務」を果たせるよう、ストレスについての理解を深め、様々な場面で活用できるセルフケア力の向上を目指しましょう。
サポート側の理解の醸成
Z世代は生まれたときから低成長時代、高齢化社会であり、その価値観は保守的と言われています。人の和を重んじ、争うことより協調を求め、波風立てずに既定路線の中でうまくやりたいという気持ちが強いようです。
「失敗したくない」という保守的指向が強いことから、「承認される場がない」と意見を伝えず、周囲からは積極性に欠けるように見えることもあるかもしれません。
けれども、デジタルネイティブとしてグローバルであり、高い生産性・効率性を持ち、社会貢献や環境への高い意識、個性の充実など潜在的な能力があります。
こうした世代特徴について、受け入れる側に対してオンラインや対面でセミナーや教育研修等を実施し、価値観の押し付けや偏見のない環境を作ることが重要です。
若手社員を生かすためのポイント
承認欲求を大切に
承認のベースは観察と存在を認めることです。
・結果でほめる
「目標が達成できたね!」
・経過(プロセス)を承認する、労う
「○○努力しているね」「工夫がみられるね」
・行動を承認する
「いつも準備をしてくれて助かるよ」「○○の気配りは流石だね」
・モチベーションを支える
「よく勉強しているね」「前回のミーティング、意見を発してくれてよかった」
・存在を承認する
「一緒に仕事ができて嬉しい」「あなたはチームの潤滑油になっているね」
・信頼関係の下、成長を目的としたネガティブフィードバックを行う
「これから伝えることは耳に痛いかもしれないけれど、ぜひこれからのために聞いてほしいと思う」
観察なくしては、具体的でフィットした承認の言葉は見つかりませんから、普段の姿をよく観察し、良いところ探しの目を養います。
コミュニケーションの活性化でメンタルヘルス予防を
働き方の多様性も促進され、在宅勤務を出勤のハイブリッド勤務を導入されている企業も多いようです。共通のお悩みの中の上位にはコミュニケーションの低下による弊害があります。
「すきま時間コミュニケーション」隙間時間をあえて作り、雑談や声掛けの機会をもつ。
「斜めと横の連携コミュニケーション」自分の所属するチームだけではなく、部門を超え対話を活性化し、人間関係作りをお手伝い。
「寄り添いコミュニケーション」挨拶、声掛けから信頼関係を醸成し、相手の心情に添ったコミュニケーションを心がけ孤立予防や早期発見を。
新入社員の成長を支えるのは、先輩社員、上司の温かな視線と柔軟性です。
良いところを伸ばし、一人ひとりの個性や心を尊重し大切に育てましょう。
筆者:セーフティネット産業カウンセラー、公認心理師