こころとからだの健康
職場のメンタルヘルス ~求められる共感力とは?~
企業人事の方から研修依頼をお受けする際、毎年、上位に来るテーマは「コミュニケーションスキルの向上」です。
人は対話を通じて人間関係を作ります。
「分かってほしい」「理解したい」「親密性を高めたい」「信頼関係を作りたい」
社会生活において相互理解のための対話は欠かせません。
株式会社リクルートマネジメントソリューションズが毎年実施している「新入社員意識調査」(※1)においても、新入社員が「身につけたい力」の1位は「コミュニケーション力」であり、全体の60%の人が求めていることが分かりました。
また、同調査で、新入社員が「上司に期待すること」の1位には、「相手の意見や考え方に耳を傾けること」が入っており、上司に対して傾聴力を求めていることが分かります。
前回のコラムでは「聞く」をテーマにお伝えしました。
今回はコラムでは、傾聴に求められる「共感力」について考えていきます。
※前回のコラムはこちら
職場のメンタルヘルス ~人のはなしを聞くこと~
共感とは?
共感は、「認知的共感」「情動的共感」と大別して説明をされています。
「EQ」の著書で有名な心理学者、ダニエル・ゴールドマンは、この二つの共感に、「共感的関心」を加え、3つの種類があると著書で紹介しました。(※2)
情動的共感(emotional empathy)
相手の感情や情動を自分の感情として写し取る力です。
相手の感情に添い、自分のことのように悲しんだり、喜んだりする力を言います。他者の情動に対する自動反応です。相手との一体化であり、相手と同じであろう「感情」を得ることです。
例:
悲しみにくれている友人の話を聞いているうち、自分ももらい泣きしてしまう。
叱られている人を見ると自分も居た堪れない気分になる。
情動的共感は、深く考えなくても速やかに相手の情動を感じ、他者と同じ感情を共有することですから、他者との関係を築く上で重要な役割を果たすと言えます。
情動的共感の留意点
こうした他者の感情を写し取る情動的共感は、過ぎるとデメリットとなることがあるようです。
イェール大学の心理学者のP.ブルームは、著書「反共感論」(※3)の中で、情動的共感のみで物事を判断したり、援助を行うことは注意をすべきと論じています。
その理由は、相手の感情にフォーカスしすぎるとその相手以外の第三者の存在がぼやけ、かすんでしまうこと。
また、相手がもともと敵対的な関係にある場合は、情動的共感性が高いことで、より相手の苦痛を理解でき、「適切な攻撃」を加えることができる。
情動的共感は、非合理でしばしば害を及ぼす。
つまり、相手の感情と一体化することで、相手が嫌がること、悲しむことを引き起こすことも可能になるというわけです。
認知的共感(cognitive empathy、sympathy)
相手の感情を推論し、理解する力です。
相手の反応や気持ちを想像することができ、相手に伝えることができます、他者理解という認知プロセスです。
オンオフの切り替えがある程度可能で、相手が論理的に不適切な行為を行ったような場面では、共感のスイッチをオフにすることができます。
認知的共感は、他人の痛みや圧倒されることから自分自身を守るのにも役立つと言われ、広い視野で状況を把握し、距離を置くことを可能にします。
他人の感情に巻き込まれるのではなく、感情に気が付き、見つける能力です。
認知的共感の特徴は、立場の理解、行動の理解、何を求めているか、相手の視点は何を見ているか、どう考えているか、どうしたいのか、など推測ができることです。
自分の考えを一旦わきに置き、相手の身になって考えることが大切ですから、自分の価値観や偏見があると、認知的共感は下がってしまうでしょう。
また、自分とは異なる存在である相手を許容し、多様性や新奇性を受け入れる柔軟な思考が求められます。
ダニエル・ゴールマンは「認知的共感は探求心によって培われる」と言います。
共感的関心
「思いやりのある」共感とも呼ばれるものです。
「思いやり」とは、愛他性(アルトルーイズム)です。自分以外の人の幸せを願い、援助行動を示すこと。
共感的関心は、相手が助けを求めているとき、相手に対して関心を抱き、あなたに期待する行動を察知することができるので、サポートをタイミングよく行うことができます。
リーダーに必要な共感的関心
共感的関心は、情動的共感よりも少し離れ、認知的共感を持ち、他人の立場に身を置き、向社会行動に貢献したり問題解決をサポートする思いやりのスキルです。
リーダーにこのスキルがあると、部下に関心を寄せつつ巻き込まれず、部下の状況を理解することができます。困ったときのサポートだけではなく、信頼関係も形成されるでしょう。
ワシントン大学カート・ダークスらの研究によれば、『人々はリーダーの信頼性に対して非常に敏感だが、思いやりを示されるとリーダーへの信頼感を高める。簡単に言えば共感を示してくれる上司に対して、人の脳はよりポジティブに反応する』と言います。(※5)
ここまでお読みいただき、いかがでしたでしょうか。
「共感」は一言で簡単には纏められない様々な特徴がありましたね。
共感的関心力を高める
「認知的共感力」「共感的関心」は、練習する機会があれば上手になることができます。
例えば自分の所属するチーム、ご家族など身近な周囲の人たちへの関心を持つことから始めてはいかがでしょう。
行動や仕草、言葉の遣い方など観察し、何を言おうとしているのか、どのように考えて行動しているのか、など相手の気持ちを推察、想像してみましょう。
肯定的関心を高め、批判や決めつけをせずに相手の立場になって受け入れます。
親しい間柄であれば、自分の想像が相手の考えや感情と一致していたか聞くことができるでしょう。
まずは自分の感情に気が付く訓練から
コミュニケーションは、相互理解を深めるために一役買ってくれます。
他者の感情を理解するためには、自分の感情に気が付くことも大切です。
困ったとき、悩んだとき、笑うような出来事に遭遇したとき、日々の生活の中で自分の気分を言語化し、「わくわくした」「悲しかった」「腹が立った」「悔しかった」「不安だ」「うれしかった」と口に出してみましょう。
感情をくみ取り、読み解く助けになることでしょう。
参考図書
※1【調査発表】「新入社員意識調査2022」Z世代新人育成のポイントは「承認のコミュニケーション」と「はじめの一歩のフォロー」
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000123.000029286.html
※2『共感力(ハーバード・ビジネス・レビュー EIシリーズ)』「共感力とは何か ダニエル・ゴールマン」P012-013
ハーバード・ビジネス・レビュー編集部(編)・ダイヤモンド社・2018年
※3『反共感論―社会はいかに判断を誤るか』ポール・ブルーム著・高橋洋(訳)・白揚社
※4『LAの人気精神科医が教える 共感力が高すぎて疲れてしまうがなくなる本』
ジュディス・オルロフ著・桜田直美(訳)・出版社 SBクリエイティブ (2019年))
※5『共感力(ハーバード・ビジネス・レビュー EIシリーズ)』「部下への思いやりは、叱責に勝る エマ・セッペラ」P022-P023
ハーバード・ビジネス・レビュー編集部(編)・ダイヤモンド社・2018年
筆者:セーフティネット産業カウンセラー、公認心理師