研修
パワハラは経営問題~「ハラスメント対策」しっかり準備していますか?~
今やパワハラは経営問題です。
法整備が進み本格化してきた「ハラスメント対策」、しっかり準備していますか?
損害賠償を求められた事例から学ぶ
パワハラが発生した際、その責任は加害者本人だけではなく、会社単位や経営者個人も責任を問われ、損害賠償の対象になることがあります。
ひと口にパワハラといってもさまざまなケースがあるので慰謝料額は千差万別ですが、おおまかな相場としては数万円~100万円程度です。
とは言え、悪質性や被害の内容により、下記の事例にあるように、数千万円から1億円を超える賠償責任を負うこともあり、今後ハラスメントに対する社会の認知や規制が進むにつれて、これを上回る額の損害賠償が発生する可能性は十分にあります。
今回のコラムでは、過去の判例から、こうした不幸な事件の発生を予防し、今後のハラスメント対策、教育、啓蒙にお役立ていただければと思います。
実際の裁判例
・病院勤務医事件
長時間労働と上司にあたる医師のパワハラが原因で、ある医師が自殺しました。残された両親は病院側に約1億8千万円の損害賠償を求めました。その結果、運営する病院組合に約1億円の支払いが命じられました。
裁判所は「うつ病の原因となる長時間労働を強いられた上に、上司の医師によるパワハラを継続的に受けていた」と指摘しています。
・製造会社男性社員事件
電子部品製造大手の設計業務を担当していた社員が、上司のパワハラや長時間労働が原因と思われる自殺をしました。
労働基準監督署が労災認定し、遺族が同社と上司に対して約1億550万円の損害賠償を求めました。同社は請求を全面的に認める「認諾」をし、訴訟は終結しました。
・青果仲卸会社社員事件
ある女性社員が職場でのいじめやパワーハラスメントを受けて自殺しました。両親がいじめが原因として訴えを起こし、地裁は先輩社員2人に対し、「先輩社員の叱責は、指導の範囲を超えていた」ことを認定し、計165万円の賠償を命令。同社に対しては、「会社がいじめを制止しなかったため、うつ病を発症するほど過重な負荷がかかった」と放置した責任を追及しました。
先輩、同社を合わせて合計で約5500万円の支払いを命じました。
・某生命保険事件
営業成績の芳しくない社員に対し上司が他の社員の前で「マネージャーが務まると思っているのか」「マネージャーをいつ降りてもらってもかまわない」などと誇りを傷つけるような発言や、一方的に社員がマネージャーを務める班を分離するなどして、社員がストレス性うつ病を患った事案です。
裁判所はこうした言動を違法なものであるとして、同社に330万円の支払いを命じました。
・金融系企業H事件
従業員3名が上司からパワハラを受けた結果、原告Aは「うつ状態」を発症。そのため合同で賠償責任請求をしました。上司と会社に対して損害賠償が認められました。
原告Aには60万円の慰謝料と治療費、休業補償、原告Bには慰謝料40万円、原告Cには慰謝料10万円の支払いがそれぞれに命じられました。
・公刊物未掲載事件
グループ会社への役員候補の社員が別の社員に対し、
・業務上必要のない電話を深夜に長時間かける
・業務に関係のない指示を行う
・「お茶出しのタイミングが悪い」など他の役員や社員の面前で怒鳴りつける
・「能力がない」「子宮でモノを考えている」など人権侵害をする発言をメールで送りつける
などの言動を繰り返すパワハラをしました。
裁判所は被告がその優越的な地位を利用して原告にパワハラを行ったとして、加害者に対し慰謝料200万円の支払いを命じました。
・A社事件
女性社員Xが男性社員に殴られ、顔面挫創・頸椎捻挫の傷害を受けたことで頸部・腰部痛や手足のしびれなど後遺症が残り2年半の休業を強いられましたが、途中に解雇されました。
賠償責任と解雇無効を訴える訴訟を起こした結果、裁判所は、「社員Xの欠勤は純粋に私的な病気による欠勤ではなく、治癒をまって復職させるのが原則であり、治癒の見込みや復職の可能性等を検討せず、直ちに解雇することは信義に反するから、解雇は権利の濫用として無効。」とし、慰謝料60万円の支払いになりました。
・某病院事件
原告B看護師が先輩看護師から飲み会に誘われ、朝まで強引に付き合わされたり、「死ね」や「殺す」といった脅迫めいたメールを送りつけられました。B原告は自殺をし、遺族が訴えをおこしました。
裁判所は、加害者言動(冷やかし・からかい・嘲笑・悪口、他人の前で恥辱・屈辱を与える、叩くなどの暴力等)を違法行為として不法行為責任があるとし、また使用者である病院は、「いじめを認識することが可能であったにもかかわらず、これを認識していじめを防止する措置を採らなかった安全配慮義務違反の債務不履行があったと認める」とし、病院、加害者両者に500万円の支払いを命じました。
・商工会連合会事件
商工会に勤務する職員に対し繰り返し執拗に退職勧奨が行われた事案です。
「ラーメン屋でもしたらどうや」「管理者としても不適格である」「異動先を自分で探せ」などといった暴言に加え、退職勧奨に応じさせるために違法に出向を命じるなどの行為により、精神的苦痛を与えたとして、裁判所は事業主に対し、慰謝料100万円の支払を命じました。
・某飲料会社事件
飲料製造販売会社の従業員が上司のパワハラ発言によりうつ病に罹患しました。
裁判所は、「新入社員以下だ。もう任せられない。」というような屈辱を与え心理的負担を過度に加える言動や、「何で分からない。おまえは馬鹿」というような名誉感情をいたずらに害する言動があったと認定しました。そのうえで、これらの言動は不法行為にあたるとして、損害賠償額として297万円を認めました。
パワーハラスメントに当たる行為とは
・職場において行われる優越的な関係があるか?
⇒つまり行為者の立場はどうであるかです。上司と部下に限らず経験やスキルに明らかな差があることで優越性があったとみなされることがあります
・業務の適切な範囲を超えていないか?
⇒平均的な労働者の感じ方が基本です。平均的な観点で常識の範囲を超えるような言動であったか、その言動の程度や頻度、継続性、態様などが判定に影響します
・労働者の就業環境が害させる言動があるか
⇒労働者に対して身体的・肉体的苦痛を与えたり、就業環境を害し、不快なものとする言動がないか?
厚労省は、パワハラに当たるかの判断に当たっては一定の客観性が必要であると指摘し、「本人の意に沿わないことが全てハラスメントに当たるようなこと」ではないとしています。
適正な業務指示や指導はパワハラに該当しません
厚生労働省は、ハラスメントの線引きには、パワハラ防止指針で以下の記述を示しています。
• 言動の目的
• 言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む言動が行われた経緯や状況
• 業種・業態
• 業務の内容・性質
• 言動の態様・頻度・継続性
• 言動を受けた労働者の属性や心身の状況
• 行為者と言動を受けた労働者の関係性
もし、パワハラの被害申告があった場合は、事実関係の調査が必要になります。調査結果はのちにパワハラについて訴訟が起きた場合は重要な資料となります。裁判所に証拠提出する可能性もあることを踏まえて、しっかり記録を残し、また二次被害に繋がらないよう、被害者、行為者双方の心情に添った丁寧な聴き取りを行いましょう。
参考:明るい職場応援団
厚生労働省 こころの耳
筆者:産業カウンセラー 公認心理師