こころとからだの健康
「ウェルビーイング」について考える
ウェルビーイングとは、wellとbeingの二つの言葉からなり、良い状態、満たされた状態を指します。主観的に幸せな人は、職業人生においては生産性を高め、創造性に富み、離職率の低いことがこれまでの研究で知られています。また、主観的に幸せな人は健康で長寿であることも明らかになりました。こうしたエビデンスの蓄積により、多くの企業や団体もwell-beingに対して着目するようになりました。
そもそも、ウェルビーイングとは?
ウェルビーイングという言葉は、1946年の世界保健機関WHO設立時に初めて登場しました。
「健康とは何か」を定義し、「健康とは、単に病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、社会的にも、全てが満たされている状態にあることを言います」と表記しました。
(参考:健康の定義丨日本WHO協会)
そして、近年、WHOは、ヘルスプロモーション用語集の中で、「Well-being(幸福)とは、個人や社会が経験するポジティブな状態のことである。健康と同様、日常生活の資源であり、社会的、経済的、環境的条件によって決定される」と表記しています。
変化する価値観
加速した持続可能な開発目標達成(SDGs)に向けた取り組みは、世界中の国々で実装されてきましたが、社会貢献の精神が大切にされるようになり、消費行動も変化してきました。
特に若年層において物質的な成功より、精神的な充実感や持続可能性を重視する消費者が増加しています。ミレニアル世代、Z世代は社会貢献や倫理的な企業活動を重要視しており、ウェルビーイングを支援する企業への関心、評価が高まる傾向があります。
社会の変化 SDGsからSWGsへ
これまで利益や効率化が重視されてきた結果、格差の拡大や地球環境の悪化、貧困などの問題が世界中で起きるようになりました。これまでの「モノ」重視から、経済と環境のバランスを保ち、いかに幸福感や充実を感じられる生活を構築するかが中心となるSWGs(Sustainable Well-being Goals)に軸足が変化しつつあります。
2021年は日本におけるウェルビーイング元年に
2021年9月には「日経Well-beingシンポジウム」が開催され、政府、企業関係者、有識者らが参加し、ウェルビーイングの実現に向けた議論が行われました。
政府が毎年発表する「成長戦略実行計画」においても「国民がWell-beingを実感できる社会の実現」という文脈にウェルビーイングが登場し、「内閣府匿名担当大臣(孤立・孤独対策)」が任命され、2024年石破内閣発足後は、孤立・孤独対策室をなくし、「共生・共助担当」を設置しました。
世界幸福度ランキングからみる日本
国際連合の「持続可能開発ソリューションネットワーク」が毎年発行している世界各国の幸福度を調査した「世界幸福度ランキング」の最新データによると、日本は世界47位でした。
先進国の中ではまだまだ下位に位置し、G7では最下位という結果です。
「健康寿命」「経済水準(GDP)」「社会的支援」は上位国との差はなく、一方で「人生の選択の自由度」「他者への寛容さ」などの項目で下回るという残念な結果でした。
日本人と幸福度
世界全体で見て幸福度の上昇に占める経済水準が重みを増しており、日本の経済水準はほぼ横ばいであり、給与水準も上昇していません。また、近年の物価高に対して、上昇幅が追い付いておらず、幸福度を上げるためには実感できる所得の向上が重要になります。
最も低い「他者への寛容さ」については、慈善団体などへの寄付を行っているかの質問であり、日本は経済規模に対して寄付が少ないことが要因になっているようです。
しかし、日本には「おもてなし」文化があり、また自然災害が発生した際の助け合いや思いやり行動があります。こうした文化が幸福度調査の結果に反映されないのは残念です。
日本人の文化的特徴
さらに日本人の持つ遺伝的特性も主観的幸福度に影響を与えていることも無視できません。そもそも日本人はセロトニントランスポーターを多く持つ「ロング(L)型遺伝子」を持つ者が少なく、「ショート(S)型遺伝子」を持つ人の割合が人口の80.25%を占めています。
L型遺伝子は楽観遺伝子と呼ばれ、S型遺伝子は不安遺伝子と呼ばれています。
古くから日本人は、何らかの事象が起きた際、できごとを楽観的に捉えないことで、有事に備え、過酷な自然環境に対処してきました。世界で最も自然災害が頻発する地域に住んでいる民族であり、不安と上手に付き合うことで生き延びてきたのです。
ランキングの上位に中々上がらないとしても、日本人が幸せでないと決めつけず、様ざまな側面でみることが大事なのではないでしょうか。
就業面でのウェルビーイング
厚生労働省では、就業面におけるウェルビーイングを以下のように定義しています。
「働き方を労働者が主体的に選択できる環境整備の推進・雇用条件の改善等を通じて、労働者が自ら望む生き方に沿った豊かで健康的な職業人生を送れるようになることにより、自らの権利や自己実現が保障され、働きがいを持ち、身体的、精神的、社会的に良好な状態になることをさす。」と表記しています。
働きやすさと働きがい
職業生活において、豊かで健康的な状況を維持するためには、「働きがい」を感じることが不可欠です。「働きがい」は「働きやすさ」の上に成り立ち、そもそも働きにくい職場では「働きがい」は得られないでしょう。
「働きやすさ」は職場の物理的・環境的な要素に由来するものであり、外発的要因と言われているものです。「働きやすさ」の要因として、福利厚生、通勤のしやすさ、柔軟な働き方、労働時間、休日の取りやすさ、安全な作業環境、良好な人間関係、話しやすさなどがあります。
「働きがい」とは、職場の個人の信頼関係があり、自主的に仕事に取り組む内発的要因と言われているものです。「働きがい」の要因として、成長が実感できる、組織への期待や愛着、親密さ・連帯感、誇りを感じられる、中立・公正さ、尊重し認めてくれるなどが挙げられます
働きがいとワーク・エンゲイジメント
「働きがい」を支える要因として、近年、ワーク・エンゲイジメントが着目されてきました。
ワーク・エンゲイジメントは、オランダ・ユトレヒト大学のシャウフェリ教授らが提唱した概念です。以下の3つの要素が揃った状態として定義されています。
① 仕事から活力を得ている(活力)
② 仕事に誇りとやり甲斐を感じている(熱意)
③ 仕事に熱心に取り組んでいる(没頭)
ワーク・エンゲイジメントが高い職場で働くと、自己効力感が高まり、仕事への意義を感じ、良好な人間関係が構築され、「働きがい」につながるとされています。
厚生労働省は、働きがいの低下は、ストレスや疲労感を高め、健康に悪影響を与える可能性があることに加えて、仕事のパフォーマンス低下につながるとし、ワーク・エンゲイジメントに着目し、様々な施策や啓蒙活動をしています。
令和5年度「働きがいのある職場づくりのために」
https://work-holiday.mhlw.go.jp/work-engagement/pdf/01.pdf
厚生労働省「ワークエンゲイジメントとは」
https://work-holiday.mhlw.go.jp/work-engagement/
ウェルビーイングと経営
今後、企業は自社の利益だけでなく、労働者のウェルビーイングを重視する経営が求められるでしょう。
健康経営は、企業が労働者の健康を重視し、健康管理や保持増進に取り組む経営手法でしたが、ウェルビーイング経営は、幸福感を重視した労働者視点の取り組みです。
ウェルビーイング経営は、エンゲイジメント向上やモチベーションの向上から、生産性が高まり、離職率は低下し、企業価値が上がるなど、多くのメリットがあると言われています。
ウェルビーイングを実現するための5つの要素とは
ポジティブ心理学で著名なアメリカの心理学者マーティン・セリグマンがウェルビーイングを実現するためのモデルとしてPERMA理論を提唱しています。
・Engagement(何かへの没頭)
・Relationship(人とのよい関係)
・Meaning and Purpose(人生の意義や目的)
・Achievement/ Accomplish(達成)
上記の5つの要素を満たしていると幸せでいられるといいます。
また、世界幸福度調査にデータを提供しているギャラップ社もウェルビーイングの5つの要素を示しています。
・社会的(Social):人生において信頼や愛に満ちた人間関係をもつこと
・経済的(Financial):報酬を得て、自分の資産を管理し運用すること
・身体的(Physical):心身が健康で、日々の生活に十分なエネルギーがあること
・コミュニティ(Community):地域や家族に所属し関わりがある感覚
ウェルビーイング(幸福度)を図る方法は他にも
アメリカのハドレー・キャントリル博士が開発した「キャントリルの梯子」法は、人生を10段の梯子(はしご)に見立て、自分にとって「最も理想的な生活」を10段目とすると「今の自分は何段目に立っているのか」について答えることで幸福度を測定する方法です。
幸福学研究の第一人者であるイリノイ大学名誉教授エド・ディーナー博士が開発した「人生満足度尺度」はたった5つの質問に答えることにより幸福度を知ることができます。
2 わたしの人生はとても素晴らしい状態だ
3 わたしは自分の人生に満足している
4 わたしはこれまで自分の人生に求める大切なものを得てきた
5 もう一度人生をやり直せるとしてもほとんど何にも変えないだろう
上記の質問に対して7段階評価を行い、その合計点で満足度を図るものです。
出典:SWLS, Satisfaction with Life Scale , Diener et al.,1985
主観的幸福は、個人の持つ生活の質やゆたかさ、充実・満足に関するそれぞれの感じ方、受け止め方です。
所得水準が充実し上昇しているにもかかわらず、生活実感として満足度が比例せず乖離する現象はイースタリン・パラドックスとして知られています。
必ずしも経済的な満足や消費行動が幸せの条件ではないことが分かります。
主観的幸福度は個人の価値であり、全体のバランスが大切なのでしょう。
社会的孤立と孤独感は、健康とウェルビーイングを低下させることは広く知られています。
職場の働きやすさ、働きがいの構築は、ウェルビーイング向上にも寄与します。
良好な人間関係、話しやすさ、親密さ、連帯感、尊重、認めてくれる人の存在など、主観的幸福感は他者との関わりなくして向上しません。組織内でのコミュニケーションを活性化し、社会性、即ち利他、思いやり行動を豊かにすることがウェルビーイングの向上の鍵になるでしょう。
筆者:パソナセーフティネット産業カウンセラー、公認心理師